SAKEME
裂け目。
不覚の裂け目、恣意の裂け目。
自分にしかわからない。自分でもわからない。
深度も、形状も、熱量も。
誰かの「大丈夫」が、あなたの限界かもしれない。
それでも。
私がキャンバスに刻み続ける《SAKEME(裂け目)》は、
その固有の地獄の起源であり、そしてそこからの生還の軌跡そのものである。
私の地獄は、幼少期から始まった。
母親からの過剰な支配と精神的虐待。喉元を締め付ける重い鎖。
「お前は幸せになれない」という刷り込みは呪いのように私を縛り、
私はいつしか自分の感情と、自己表現の術を奪われていった。
その呪いから逃れるように、十八歳で家を飛び出した。
待っていたのは、夜の世界、依存、裏切り、嘘、身体だけの関係、二度の離婚──。
冷たく暗い闇のなか、誰かに求められたいという飢餓感だけを抱え、
わざわざ自らを傷つけるような険しい道を選び、堕ちていくことでしか自由を感じられなかった。
これまで、その深い悲しみと痛みは「忘却」という名の底へ沈めて、なんとか生きてきた。
しかし、転機はあまりにも鮮烈に訪れる。
ひとつの愛に出会い、そして、出産を経験したこと。
我が子を抱き、自らが「母親」という存在に向き合った瞬間、
底に沈めていたドロドロとした黒いトラウマの記憶が、内側から鮮明に湧き上がってきた。
この子が、深く突き刺さった錆びた刃を抜き去る機会をくれたのだ。
過去の傷跡と向き合い、呪いを愛へと循環させるための、羅針盤をくれたのだと気づいた。
内側でせき止められていた記憶は決壊し、色彩として溢れた。
裂け目。
それは、母と私の最初の分離。
張り巡らされた抑圧の殻が破られた痕跡。
混迷を極めた夜の記憶。
そして、すべてを内包したまま命を循環させるゲート。
過去の自分と対峙することは、魂を灼くような痛みを伴う。
けれど、パミスやペースト、ピグメントを何層も重ね、盛り付け、削り、定着させていくプロセスは、
私にとって希望と静寂を取り戻すための厳かな儀式にほかならない。
ここに並ぶ作品たちは、過去の絶望の証明であり、黙祷であり、諦念でもある。
私たちは皆、生きる過程で何かを失い、境界線に立つ。
そして、変容を享受し、折り合いをつけながら生きている。
裂け目。
かつての失われた世界の記憶が滲む場所。
次の世界を臨む地平線。
あなたの裂け目に、光が届くことを信じて。
栗城 愛
Ai Kuriki
